第3話 手帳

このコラムは私と若年性認知症を患った母の10年をつづります。

これまでのコラム▼
第1話 いちばん縁遠い人のはずだった
第2話 怒り




こんにちは。竹内なつみです。
2020年も残すところあと2日。

名残り惜しみながら 
新しい年を迎える準備をしたいと思っています。


さて、年末といえばご親族と会える機会ですよね。

今年は少し難しい方もいらっしゃるかもしれませんが、
是非この際にご両親やご親族が

“物忘れ”なのか“認知症”なのか確認してみてくださいね。



物忘れと認知症の大きな違いは
【エピソードを覚えているかどうか】
 

例えば、
電話で
「1月2日の午前中に実家に帰る」という話をしたとします。



その後、また連絡を取った時 

「あれ、実家に来るのは午前中だった? 午後だったけ?」

「1月2日の午前だよ。 たしか先週、電話で話したよね?」

「そうだった、そうだった! やだ、手帳に書いてあったわ! ごめんね~!」


こんな会話が繰り広げられたら“物忘れ”です。 

何月何日まで思い出せなくても電話したことを想い出せました^^



認知症の場合は…

「お正月にそっちに行く話だけど…」

「そうね!そんな時期よね。いつくる?今年は?」

「1月2日って前に電話で話したの、覚えてない?」

「そんな電話した?」

「ほら、子どもたちのクリスマスプレゼントの話もしたじゃない?」

「そうだった?そんな電話した覚えがないわよ。他の人と話したんじゃないの?」 



こんな風に、電話をしたということ、
そして、思い出すためのヒントを出しても思い出せない状態となります。

これが“エピソードを忘れる”ということです。 


物忘れの方も認知症の方も最近、
よく忘れるなという感覚はあります。
(認知症の方の方が「忘れやすいな」ということを忘れやすい点はありますけれど)


「忘れやすいな」と思うと当然ですが、
想起するためにメモを残したりします。

私の母ももれなく大きめのポストイットや手帳に書きこんでいました。


1日に何度も何度も手帳や携帯を開き 
「私、今日は何もなかったわよね。」
「何か忘れていないわよね。」
「買い忘れはないかしら。」 と確認し、
失敗しないようにと努力していました。

手帳は何度も開かれるので
4月からの手帳は6月には、
すでに淵は黒ずみはじめ1年使ったような姿をしていました。

夜にダイニングテーブルやソファーに座って
手帳を開きながらウトウトとしている姿は今でも覚えています。 


そのうち、
手帳に記載してあるのに
すでに書いているページに同じことを書くようになりました。

そうです。
書いたことを忘れてしまいまた書いてしまうのです。


そうやって3~4年かけてだんだんと文字数が増えてきて
最後の方は真っ黒でもう読めないほど。

前のページに書きこまれた文字の紙のへこみが見えるほど
力強く書かれた文字。 

まだその手帳は捨てられずに数冊残っていますが
私はそれを見るたびに胸が痛くなります。

失敗しないように間違えないように忘れないように
自分が自分であるために今までのように生活をするために 
必死にもがいている様がそこにはあるからです。


立っているところが今までは固い地面を踏みしめていたのに
薄氷にだんだんと変わっていくようだったのでしょう。


認知症が進むにつれて
手帳は書きこまれることがなくなり真っ白になりました。

黒い手帳を見るよりも真っ白となった手帳を見ると
胸がキュッとして喉元が熱くなります。 

でも、
母が自分自身との終わりなき戦いから
不安でいっぱいの毎日から解放され

何にもとらわれずに今を生きるだけで良い日々になった証でもあることは救いでもあります。



デジタルで管理するようになってきている手帳。

認知症の方がひと時でも不安なく過ごせるように
フォロー機能のついたアプリなど開発されると良いですよね。

能力と環境があれば開発したいくらいです♡

将来の自分のために^^



年末年始。
ちょっとお試し感覚で“物忘れ”か“軽度認知症”かのチェックしてみてくださいね^^ 



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《プロフィール》
竹内なつみ

神奈川県横浜市で育ち 
3歳上の頭の切れる姉と喧嘩することなく、
ぬくぬくと甘えさせられて育つ。
母が40代前半で生死をさまよう手術をした経験から、
表情や顔色、会話の雰囲気などの変化に気付けるようになり、
身近な人を守りたいと看護師を目指す。
日本赤十字看護大学にて看護師・保健師の資格を取得後、
脳神経外科専門病院にて勤務。
急性期病棟にて経験を積む。
その後、看護を学ぶため、大学院修士課程へ進学。
病院入院中の患者を観察やインタビューなどから、
患者について深く学ぶ。
観察力、分析力、文章力を評価され、博士課程へ進む。
博士課程在学中、ワンオペ育児、介護で忙殺され、途中退学する。
現在は、とにかく明るい性教育「パンツの教室」インストラクターとして活動中。
活動開始より半年で70名、1年で130名以上の方へ伝えている。